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→艇長ブログ「えっ?声」
艇名;巡洋(初代)の由来と 歴史海洋青年団的な組織と クストーの様な海洋調査船を目指して、 ヨットにはヤマハ9に1時間しか載った事の無い私が 設計して 浮かせた艇です。![]()
原図場 《*洋》、今でも海上保安庁の調査船・測量船が この様な名です。 そして同じ名が絶対出そうもない《巡洋》になりました。 皆 巡洋艦のイメージを抱きますが、日本語に直すとクルージング。 今 発行して居る月刊誌は《くるうず》 海洋調査は先ず海洋性レジャーの調査から???
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自設計のシングルチャイン鋼船で全長12,0m幅4,0m19,46総トン モーターセーラーとして 60馬力の自動車用ディーゼル機関を載せました。 昭和47年進水、当時 四国でも最大のプレジャーボートでは なかったでしょうか。
森繁久弥氏が持て余し 熱海の後楽苑に据えた冨士山丸は 60トンくらいの鋼船で 巡洋より ずっと大きいのですが、艤装品などは ヨット用でなく 一般船用を使っており 巡洋と共通の様です。
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この事は 嫉妬深いヨットマン達に逆恨みされる事となり、その後遺症が 20余年後の今も続きます。
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当時クラブへ入会の挨拶に行くと「初心者ですが」初対面の者に 「オウッ 初心者の不届き者メ!」と言った雰囲気で 「鉄板は何ミリだ」 「3,2が中心です」「そーんなペラペラが モノになるか!」 「造船所の監督が決めた厚さです」「ナニー! おう それなら今から どーんなペラペラか 見に行かんかい!」 現場で「うーーーん厚い、丈夫ジャ」「3,2です」
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続いてクラブ報には名指しで「航路妨害をして保安部に怒られた」と 載ります。 クラブ報を持って保安部へ抗議に行きました。「えっ!我々が貴方を 怒った? だったら貴方が抗議に来られます?」「その通りですねえ」 「保安部は こんな事 言わん、と伝えて下さい」 その談話を持って、記事訂正を口頭で求めても 文書で求めても 返事をせず 無視。 似た様な事件も有ったが、一隻だけ航路妨害を しなかったのが巡洋! 「した」のと「しない」の区別も付かないのが 地元ヨットマンの頂点だった人 ↓ 又 ある日 行事が有って保安部前を歩いていると、クラブの会長が 私を指さして「あー下手じゃ下手じゃ」(発言通り正確に表記) 指の先方には私が居て、その向こうは保安部のテントの中で 階級章ベタ金の御偉方が ギッシリ座っている。 巡洋のクルー(地方公務員)は怒ってしまって「あんな奴のロープは 海に放り込んだら良かった」 そう 何故歩いていたかと言うと、彼が岸に投げたロープを結んで上げる 為だったのです。
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謝ってくれるどころか 20年経った頃にも、某クラブ員が 「あの事件は御前の誤解だから 誤解を元に中傷している御前は 謝れ」 「何を どう誤解なの?」「そんな事 俺が知るか?」 「知らん者が そんなに云えるの?」「**さんが居合わせて知っとる」 果たして**さんに聞くと 「そーーんな事 全然知らんよ。そんな場に居合わせる訳がない」 論争に勝つ為の 出任せでした。 そう迄して 出る杭を、押さえたい? ヨット根性!
かくして 私はヨットを愛しながら、この様なヨットマンやヨットクラブという 存在を憎む。
そういう卑劣な者と交わらないヨット人口の 普及に努める。 戦う艇《巡洋》
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